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矯正歯科のシステマティックレビューは多すぎと思いませんか?

By on April 18, 2017 in Japanese with 0 Comments
矯正歯科のシステマティックレビューは多すぎと思いませんか?

Are there too many orthodontic systematic reviews?

矯正歯科のシステマティックレビューは多すぎと思いませんか?

ここ10年超、矯正歯科において多くのシステマティックレビューが作られてきました。私は今、あまりにも多いので、疑問が湧いてきています。 …それは…

私は自分の経験をもとにこの考察を始めようと思います。1990年代初頭、マンチェスターはすばらしい場所でした。街は、ザ・スミス(訳注:イギリスのロック / ポストパンクバンド。1982年、マンチェスターにて結成。インディーズ・レーベルの「ラフ・トレード」に所属し、4枚のアルバムを出した後1987年に解散した。Wikipedia)とストーンローゼズ(訳注:イギリスのロックバンド。1983年にマンチェスターにて結成され、ニュー・オーダーやハッピー・マンデーズ、ザ・シャーラタンズといったバンドとともに、マッドチェスター・ムーヴメントの中心的存在として活躍。)の初期の楽曲のおかげで新しい音楽の温床といわれていました。サッカーチームのマンチェスター・ユナイテッドは30年の眠りから回復し、良い試合をするようになっていました。歯科矯正研究という私たちの小さな世界では、無作為化試験を計画し始めており、ほぼすべての患者が研究に組み込まれていました。「システマティックレビュー」と呼ばれる偉大な新しい研究方法を発見したとき、物事はさらにエキサイティングになりました。私たちはすべてについて真実を見つけ出し、歯科矯正を永遠に変えるつもりでした。

しかし残念なことに、私たちがシステマティックレビューを開始したとき、「さらなる研究が必要です」という結果に何度も何度も陥りました。そこで私たちは臨床試験研究に戻りました。時を同じくしてストーンローゼズとザ・スミスは解散しましたが、マンチェスター・ユナイテッドはサッカー界を支配し始めました。

 

それ以降、さらに多くの臨床試験があり、これらはシステマティックレビューに組み込まれていきました。これにより、私たちのエビデンスの基礎が増えていきました。しかし、今私たちはシステマティックレビューであふれかえっていませんか? たとえば、単純なPubMed検索を行ったとき、過去10年分で110もの矯正歯科のシステマティックレビューが公開されていることを見つけました。

 

このことをしばらく考えていたとき、John Ioannidis(訳注:ジョン・P・A・ヨアニディスは、スタンフォード大学医学部の保健研究および政策の教授)の論文を見つけました。彼は研究方法と哲学に挑戦し続けている方法論のエキスパートです。この論文で、彼はシステマティックレビューが過剰生産されているかどうかを問いました。私は明らかにジョンほど賢くはないけれど、彼の指摘する点のいくつかが歯科矯正のシステマティックレビューにも言えるかどうかをシンプルに検討してみます。私自身の研究もいくつか含まれます。

 

彼の論文の全体としての結論は

「システマティックレビューを作ることは流行の域に達している。おそらく、ほとんどのシステマティックレビューは不必要で、まぎらわしく、矛盾する内容だ。」

 

これはかなり強いものです。歯科矯正についてはどうでしょう?ここから私はこの問題についての解釈をしていきます。

 

 

同じCQ(クリニカルクエスチョン)に対する複数のレビュー。

私はClass II治療についてPubMed検索をもう一度やりました。そこで30件のシステマティックレビューを見つけましたが、どれもセファロ計測を用いてほとんど一つについて研究しています。たとえば、骨格的変化、外傷、根吸収、TMD、下顎の変化、上顎の動きなどについてでしたが、システマティックレビューのシステマティックレビューさえありました!私はそれらのすべてを見たわけではないけれど、やり過ぎなのかなとも思いました。

 

ある一つの矯正に関する問題について、この複数回のレビューを行った結果の1つは、これが混乱を招き、不確実性を増加させているということでした。いくつかの方法で、これは臨床論争に燃料を補給して、車輪を回転させ続けています。レビューを繰り返すのはよい習慣かもしれませんが、私はそれが必要であると確信できません。

 

欠陥のあるレビュー

欠陥のあるレビューは、著者がトライアルを見つけていないのに、非無作為化試験または後ろ向き研究を含めることを決定したならば普通に発生します。システマティックレビューを実施することの主な利点の1つが、最高レベルのエビデンスを提供することであるのは皆知っています。結果としていうなら、システマティックレビューには無作為化試験のみを含めるべきです。もし後ろ向き研究を含むならば、システマティックレビューにバイアスが入り込むことにつながります。これはエビデンスレベルを低下させ、そのレビューは限られた価値しかないでしょう。多くの場合、このタイプのレビューをジャーナルに掲載するかどうかの決定は編集上の決定であり、私は編集者がこの問題を認識していることを願っています。

 

「エビデンスがなく、より多くの研究レビューが必要」

前に述べたように、システマティックレビューが最初に開発されたとき、「さらなる研究が必要である」と結論づけられることは珍しくありませんでした。この結論に至ることは、その研究が常に役に立たないというわけではなく、研究者がこれを利用して次の研究のためのクエスチョンを生み出すかもしれないということです。

 

しかし、数年たっても、私たちが “前進する”必要があるというフィーリングを助けることはできていませんでした。それでもシステマティックレビューは研究テーマを生み出すための重要なパーツです。すべてのレビューが公開されるべきかどうか、特に知識に付け加える内容のないレビューを公開する必要があるかどうかを問う必要があります。

 

アウトカムの選択

これは歯科矯正治療に特有の問題ではありません。しかし、私たちは可能な限りすべてを測定できる専門家です。それは、私たちが大好きなセファロ分析のあまり知られていないような測定値から自尊心のようにより価値の高いアウトカムにまで及びます。

 

多すぎる計測項目や標準化されていないアウトカムは、システマティックレビューを行う際に大きな問題を引き起こします。この結果、「アウトカムのばらつきのためにメタ分析を実行できませんでした」という結論に至ります。この問題は、常識的なアウトカムの選択とセファロ計測の放棄によって解決可能でしょうか?

 

論文発表というプレッシャー

これは学術としての歯科矯正学にとって重要な問題です。昇進のためには、私たちは論文を出版しなければならないというプレッシャーを受けています。良いシステマティックレビューが人の経歴に貴重な業績となることは間違いありません。さらに、良いレビューを生み出すのは難しいけれど、臨床試験ほどには難しくはないと考えられています。その結果、学術の出版が必要な時にはレビューを書くというようにレビューが拡大していったとなったのだろうかと思います。私はこの種のプレッシャーを完全に理解しています。だとしても、システマティックレビューの過剰生産はこの問題の解決策ではないはずです。

 

最終的な考えと解決策は

私の反省の終わりに。

私は3編のシステマティックレビューの著者であることを認識する必要がありますが、これらは高い水準であることを願っています。これが解決策です。今行われている多くのレビューをより批判的にみる必要があるということではありません。研究者として、新しいシステマティックレビューが知識として追加されるかどうか問う必要があるということです。雑誌の編集者はレビューの質をより詳細に評価する必要があります。そして最後に、読者や臨床医は、アプライアンスの新しいレビューがあいまいな測定や論点でないかを見て、臨床知識に追加されるかどうかを問うべきです。私たちはまだ前進し続けなければ…

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